恋のキューピット










「真田…柳のことどう思ってるの?」

放課後の部室で、幸村は真田にそう、言った。他には誰もいない。

まだ、コートから戻ってくる気配はなかった。

真田はゴクリと喉を鳴らした。

「どう…とはどういう意味だ。幸村?」

質問に質問返しとは微妙な会話だが、真田は明らかに動揺していた。

表情と態度は変わりはないように見えるが、幸村にはそう、見えた。

「ふふ。別に隠さなくてもいいよ。俺は気づいてるから…柳のこと…好きなんだろう?」

幸村は軽く笑みをこぼして言った。

「幸村、蓮ニを困らせたくはない。そういうことは冗談でも言わないでくれ」

真田は幸村に念を押した。その物言いが幸村には気にいらなかった。

「冗談でこんなこと言えるわけないだろ。俺はお前が好きだから、聞いているんだよ。」

幸村は部室で、しかもいつ誰が入ってきてもおかしくない時間に声のトーンを上げた。

「幸村、いきなりそんなことを言われても、俺にはなんと返事をしたらいいかわからない。
だが、お前のことは嫌いではないし、大切な仲間だと思っている」


真田は恥ずかしいのか、視線を幸村から少しずらした。

「そんな言葉が聞きたいんじゃないよ。柳が好きなら、好きと俺に言ってくれ。俺を諦めさせてくれ…真田」

「幸村…」

真田はそれ以上、何も言えずに、ただ、静かな沈黙が二人を包み込んだ。

「…じゃぁ、諦めなくていいのか…?」

幸村の両手が、そっと真田の顔にかかる。

「ゆ…幸村?」

真田は次に起こることに、何となく予測はしていたが、それ以上は何もしなかった。
いや、出来ずにいた。


「弦一郎、待たせたな」

柳は嫌なタイミングで、部室の戸を開けた。

柳の視野に真田と幸村がキスをしている光景が目に入った。

一瞬、驚きで柳の瞳は開かれた。

「…弦一郎?」

その柳のつぶやきに呼応するように幸村がゆっくりと真田の唇を離した。

「柳、ごめんね。驚かせてしまったようだね」

普段と変わらない幸村の言葉に柳はハッとしたように我に返った。

「い…いや。お取り込み中で申し訳ないが、赤也ももうすぐ戻ってくる…」

柳は破裂する心臓を抑えながら、それを感づかれないように、言葉をつづった。

真田の顔は心なしか、こわばっていた。


「ありがと、柳。真田、俺ちょっと赤也に用があるからさ。着替えが終わったら、帰っていいから」

幸村はニコッと笑みを浮かべ、手を振って外へと出て行った。

部室内には再び、寒い沈黙が流れ始めた。

「…幸村とそういう関係だったとは…驚いたぞ」

柳は着替えながら、口にした。

「蓮ニ…あれは幸村が一方的に…」

そう、言った真田だったが、逃げられることは可能だったにも関わらず、

逃げなかったことに後悔の念が体を駆け巡った。


「…弦一郎…幸村はいい奴だ。大切にしてやれ…」

柳は着替えを終えて、帰ろうとした。だが、それを真田は引き止めた。

「蓮ニ…俺は…」

真田は柳の腕を掴み、離さなかった。

「弦一郎…お前は幸村のそれに答えてしまったのだろう?」

柳は真田の手を振りほどいて、そのまま部室の外へと消えてしまった。

真田は呆然とそれを見送ることしか出来なかった。


次の日から柳は真田の側にいることを控えた。

代わりに幸村が真田と一緒にいることが多くなった。

控えたといっても柳は普段と変わりなく、それが、真田には辛かった。

そんな日々が一週間続いた。

「真田、今日は顧問の先生と打ち合わせで練習は遅れていくから、任せたよ」

幸村は放課後にそう、いって真田とは違う方向へと歩いた。


部室に入ると空気が重い。

まだ誰もいない、部室がさらに冷たい空気を発していた。


あの日のことを鮮明に思い出される。

そして…後悔。本当は誰が大事で、誰が大切で、誰と一緒にいたいのか。

分りきっている答えなのに、そんな簡単な言葉が出てはこない自分を恨めしく思う。


いつもとは違うことをして、仲間が、チームが、崩れることがあってはならない。

そう思って、この気持ちを隠し通してきた。

それが、幸村を苦しめていたのかと思うと、やるせなくなった。


「幸村…蓮ニ点すまない…俺は…」

うつむく真田にボソッと静かに懺悔の言葉が吐かれた。

そんな時、柳が部室に入ってきた。


「げ…弦一郎」

「…蓮ニ…」

二人は目を合わせたまま、しばらく固まっていた。


この一週間、柳は時間をずらして部室へ入っていた。

極力二人に会わないようにしていたのだが。


「幸村はどうした?」

「…顧問の先生と打ち合わせだそうだ」

短い会話。ただ、変哲もない会話。以前と変わらないのに、空気だけが重い。

押し潰されそうな程に…

その場から逃げ出したい気分。


真田は着替え終わると部室を出ようとした。

フサッ

背中に人の気配を感じると重みがかかった。

「弦一郎…」


柳が真田の背中に抱きついてきた。真田は訳がわからない。

「蓮ニ…?」

ただ、真田の腰に回された柳の手をそっと握った。

「どうして…幸村なんだ…」

柳は一言そう言った。

「蓮ニ…俺は…」

真田は後ろを振り向き、柳のうつむく顔を見つめた。


泣いている?


真田はそう思った。

「すまない。、俺には決められなかった…皆、大切な仲間だから…。
でも…お前だけは別だった…今はそう確信している…」


真田は涙を流す柳の顎にそっと手をそえ、そして…やさしくその唇に触れた。

「蓮ニ…好きだ…俺の隣にはお前が必要だ。

もう今までの関係なんてどうでもいい。お前を失いたくはない…」


真田は柳を抱きしめた。離さない様にぎゅっと。

「…弦一郎…俺だけを見てくれ。俺に…お前の側にいることを…許してくれ…」

柳も真田を抱きしめ返した。


しばらく、二人はそのままで互いの温もりを確かめ合っていた。



部室の外。

幸村が立ち尽くしていた。口元には笑みをこぼして。

「部長、何で中に入らないんっすか?」

赤也が不思議そうに隣に立つ幸村の顔をのぞいた。

「ふふ、もう少し、ここで待ってあげようかな。意地悪したお詫びしないと…ね」

幸村は入ろうとする赤也を引き止めた。

「ねぇ、赤也。真田って恋にはうといよね…」

独りごちる幸村に赤也は再び幸村の顔を見つめる。

――幸せにならないと、俺は許さないよ、真田――

幸村はそう、心でつぶやいた。


意地悪したのは、真田がハッキリしないから。

幸村はあとで言ってやろうと思った。


――俺は意地悪じゃないよ。二人の恋のキューピットなんだから――

それを聞いた真田と柳の二人は苦笑いを浮かべた。


終わり